PND+チャリで23区の神社をリレーしてみるっ!
昔の東京というと、だいたい「江戸時代」の話で終わってしまうが、実はもっと昔から歴史はあるのだ。特に目立つのは、源氏ゆかりの神社※。それも平安時代。面白そうだったので調べてみると20社以上は軽くある。
http://ascii.jp/elem/000/000/470/470675/
どんなところにあるのか興味がわいてきた、ってなところで、ガーミンのPND(ポータブル・ナビ・デバイス)、「nuvi 205」(3万4800円、amazon.co.jp調べ)を自転車に装着し、ナビを頼りに回ってみることにした。テーマは「環七の内側にある源氏にゆかりのある神社をめぐる」である。
Garmin社による、3.5インチの小型PND「nuvi 205」
準備から出発までの手順
1)計画を立てる 東京神社庁のサイトなどで調べた神社をグーグルマップにマッピングし、回る順番を決める。スタートはASCII.jp編集部のある西新宿だ。環七の内側で時計回りにぐるっと回ってみようと決意
2)目的地の登録をする nuvi 205に調べた神社を「お気に入り」として登録する。これをしておくと、経由地としてセットするときに便利なのだ
3)目的地が表示されたら、「保存」をタップしてお気に入りとして保存していくべし。電話番号がセットされてないとき(たまにある)は、名前で検索やジャンルで検索。それでもダメなときは住所である
4)当日朝、ASCII.jp編集部前に集合。nuvi 205にルートをセットする。最終目的地セット→ルート探索終了を待つ→最後の経由地をセット→ルート探索終了を待つ→最後から2番目の経由地をセット→ルート探索……のくりかえし
5)走行する 出発。ひたすら、交通ルールをやぶらない範囲でナビさまの言うとおりに走ることにする
※ 源氏ゆかりの神社とは
今、一番有名な源頼朝系の源氏は「清和源氏」といわれて清和天皇を祖とする家系。平安時代に武家集団として、何度か東国にやってきた。源頼信は今の千葉県で起こった平忠常の乱を平定するとき今の東京を通過しているし、源頼義や源義家は、前九年の役と後三年の役で奥州に戦いに向かう際に逗留している。源頼朝は鎌倉幕府を建てる前に今の千葉県から府中(武蔵国府があった)へ入るときに東京を通っている。彼らが逗留したときに八幡神社を勧請したり、逗留した場所がのちに神社になったり、戦勝を祈願した神社がそれを伝承したりしてるのだ。
自転車にPNDをセッティングするときのポイント
nuvi 205を自転車で使うときのポイントを簡単に解説しておこう。
1)車両選択 システム設定で「自転車」を選ぶ。自転車を選べるところがすでに「偉い」
2)ナビゲーション設定 大事なのは「回避」だ。ここで有料道路のみならず幹線道路の回避をチェック。自転車で走るときは、車が多い幹線道路より裏道の方が楽しいし、小回りが利くのが自転車の良さだ
3)ディスプレー設定 「スクリーンショット」を「有効」にする。なんとnuviはスクリーンショットをとる機能を持っているのだ。これで走行中の様子を記録できる
ナビを自転車に装着する
nuvi 205には純正の自転車用マウントキットが出ているが、頑丈さ、信頼性、使い勝手、汎用性を考えると、お薦めなのが「RAMマウント」というシステム。自動車や自転車、オートバイに各種デジタル機器を装着するためのシステムだ。
今回は自転車用のマウントベース+アームに、nuvi 205用のマウントアダプタをつけた(実売価格2100円、GPSストア調べ)。RAMマウントのシステムは代々木の「GPSストア」からお借りした。
マウントアダプタを装着 アームを装着
ボールマウントをハンドルバーに装着 nuviをかちっとはめこんで完了。ネジをちゃんと締めておけばすごく頑丈
これで準備完了。では次のページから走り出そう。
PNDの「ご乱心」を楽しみながら走ってみよう
1)第一目的地 月見岡八幡宮(新宿区上落合)
月見岡八幡宮前で記念写真。社伝に源義家が奥州征討時に当社に参拝して戦勝を祈願した、とある。
最初の経由地はASCII.jpから北へ約4kmの「月見岡八幡宮」である。
新宿中央公園脇の道をナビに従って北上していると、突然「ルートを再探索します」とナビから声がっ。なぜ? と思ったら、ナビが「ご乱心」していた。なんてこった。
実は新宿のような都心部はビルが多くて空が見えない、大型車がしょっちゅう真横を走る(ちなみに、自転車は常に車道の左端を走っております)場所は、GPSが不安定になりやすい。衛星からの電波を邪魔されやすいから。そんなときは慌てない。再探索後の画面をよく見たら、ナビが道を1本間違えてるのがわかったので一安心。
走行中の画面。自動的に3D表示で、紫の道に沿って走る。表示はシンプルだがその分視認性が高くて見やすい 地図をタップすると真上から見た地図に表示が変更される。ナビがご乱心したりしたら上から見てズレを確認するとよい
実は左の広い道を走ってた。水色はGPSが記録した軌跡。ご乱心したのがよくわかる
次のご乱心は厄介だった。はじめて通る道で、しかも、細い路地。
現在地へ辿る途中で軌跡がぐちゃっとなってるとこがある。そこでご乱心したのだ。ちょっとやばかった。目的地は近いはずだが、ナビが微妙にご乱心してて、どの道を入れば辿りつけるかがさっぱりわからない。ナビは細い路地に左折しろという。信じてみる。
ありました。小さな神社!
でも門が閉まってる。がーん。保育園と同じ土地に(というか、神社に保育園が併設されてる)あるので、中に入れないのだ。と思ったら、保母さんが「園児が外へ出るといけないので門が閉めてありますが、自由にはいっていただいていいですよ」と声をかけてくれて門をあけてくれた。ありがたや
2)穴八幡(新宿区早稻田)
穴八幡の北参道階段下で記念撮影。階段の上が穴八幡だ。1062年、奥州を制圧(前九年の役)した源義家がその帰りに八幡宮を勧請し、兜と太刀を納めたのがはじまりという。「穴八幡」と呼ばれるようになったのは、江戸時代、山裾を切り開いたら穴が見つかったのがはじまりという
次の経由地は「穴八幡」である。穴八幡への道は非常に順調。早稻田通りから諏訪通りをほぼ道なりだったからだ。途中でわたしが道を1本間違えたりしたが(ナビに表示されている道と実際の道の距離感を間違えた)、それ以外は特に問題なく到着。
ここで次の目的地だが……重大なことに気がついた。出発時に経由地を全部セットしたのだが、どうも経由地のセット順を一箇所間違っていたようで、次の経由地が違う場所になってるのだ。それでは遠回り過ぎる。
地図を縮小表示すると、ルートがおかしいっ。次は北のはずなのに、南下しようとしてる
そこで「最初に経由地を全部セットしてから出発」という当初の計画は破棄っ。ナビを停止し、毎回、次の目的地をセットすることにした。目的地は全部お気に入りに登録してあるので作業自体は簡単だ。最初からこうすればよかった。
3)平塚神社(北区)
平塚神社前で記念撮影。ナビのいうとおりに来たら参道の途中に出てしまったのでそこで撮影。ここは平安時代、このあたりの領主であった豊島氏の館があり、後三年の役(前九年の役の20年くらいあと)の際、源義家が立ち寄り、豊島氏に甲冑を譲ったのがはじまり。受け取った豊島近義はそれを台地の端に埋めて塚を築き(甲冑塚。平らな塚だったので「平塚」と呼ばれた)、社殿を建てて神社としたという。その塚は現在非公開。残念
次の目的地は約7km離れた上中里駅近くにある「平塚神社」。このルートはナビにやられました、「良い意味」で。冒頭に書いたように、「幹線道路」はなるべく回避するセッティングにした。だからナビはけっこう裏道を駆使してくれるのだ。
こんな風に幹線道路を避けたルートを走らせてくれる。すばらしい
と思ったら、いきなり急坂に連れて行かれたっ
これがメチャ面白い。でも時には大変なところへ連れて行かれる。ナビ様のいうとおりに進んだらいきなり江戸時代から続いてる細くて急な上り坂。
だがしかし、その細かい高低差が大好きなのである。標高差が10~20mくらいのちょっとした急坂をえいやっと自転車で上るのも大好きなのである。もちろん喜んでのぼりました。東京はこんな坂の街なのだ。
不忍通りへ出たら、あとは比較的道なりなので快適に平塚神社到着!
無事到着。ここも台地の突端で、裏側は崖である。拝殿に参拝して狛犬を楽しむ。平塚神社の狛犬は親子の描き方が百獣の王っぽい
境内の裏手に出るのもご愛嬌
4)田端八幡神社(北区)
田端八幡神社前で記念撮影。鎌倉幕府ができる直前、源頼朝が奥州征伐の帰りにここに鶴岡八幡宮を勧請して創建したと伝えられている。頼朝である。ってことは鎌倉から奥州へ向かう際、この辺を通ったということか
次は平塚神社から京浜東北線(というか、台地上の尾根道)に沿って1.8kmのところにある「田端八幡神社」。平塚神社からここまではとても近いので話は簡単。
だが、神社近くでやられた。いうまでもなく、ナビは「住所」で道を探索する。神社の場合、ナビに入っている場所は「境内」であって、参道の入口ではないのだ。ナビのいうとおりに走ったら、境内の裏手に出てしまった。
しょうがないので回り道して坂を下りて(この神社ももちろん台地の突端に作られている)、鳥居のある参道側に出て、階段を上って参拝した
5)鳥越神社
鳥越神社の創建は日本武尊にまで遡るほど古い(651年だそうな)。古すぎ。その後、前九年の役を平定に向かう源頼義・義家親子がこの地に至り、隅田川を前に立ち往生。そこに名も知らぬ鳥が川を越えるのを見て浅瀬であることを知って無事渡河に成功。その故事から鳥越神社と呼ばれるようになった、という
このルートは低地に向かって走るから楽チン。不忍通りを道に沿って気持ちよく南下していき、たいして迷うことなく無事鳥越神社に到着。蔵前橋通り沿いの古社でうっそうとしてていい感じに古さを醸し出してる。
ルート表示中にスピードメーター部分をタップすると、走行データを見ることができる。何km走ったかなあとチェックしたくなったらどうぞ
6)銀杏岡八幡神社
銀杏岡八幡神社前で記念撮影。源義家が奥州征伐の途中に休憩した地。川上より銀杏の枝が流れてきたのでそれを丘の上にさしたのがはじまりという。1062年。まあ鳥越神社と同じ頃なので、このあたりの隅田川べりに逗留したのだな
次は1kmも離れてない銀杏岡八幡神社。鳥越神社からここまで裏道をほぼ1本なのであるが、細い路地すぎてナビがしばしばご乱心。浅草橋駅近くで道に迷う。あと10メートルも走れば辿りつけるはず、とふらふらしてたら、小さな森を発見。正解でありました。
銀杏岡八幡宮を出るとき、とうとうバッテリが残り少ないといわれた。電池の持ちは公称4時間。さあどこまで行けるか。次の品川神社をセットして行けるところまで行ってみるべし
エネループで給電してラストスパート!
7)品川神社
品川神社前で記念撮影。品川神社は北品川の鎮守であるが、もともとは源頼朝が鎌倉幕府をひらくちょっと前(1187年)に、安房国(今の千葉県)の洲崎明神を勧請して海上交通安全と祈願成就を祈ったのがはじまりだった
次の目的地はそこからずーーっと南下した「品川神社」。浅草橋から品川へ、ナビはどういうルートを示すのか。約13km。今回はちょっと長い。なんと、裏道をちょこちょこと走って人形町を抜け、栃殻町交差点に至ったら、あとはずーーっと大通り沿いである。ひたすら漕げ、といわれたのでひたすら漕ぐ。
と、ゆりかもめ「日の出駅」の近くで突然ブラックアウト。最後の最後って予告無しで電源落ちちゃうのね。今回はバッテリ切れを予測して、エネループモバイルブースターを準備していたのでさっそくそれを使う。nuviはミニUSB端子で給電できるので、エネループとUSBケーブルがあれば外部電源として使えるのだ(メーカー保証外なので注意)。
突然ナビがブラックアウトっ。電池が切れた。電源投入後4時間、公称に近い時間である
エネループモバイルブースターをとりだし、USBケーブルを伸ばして、ナビの裏側にあるUSB端子に接続。ナビが再起動し、無事復活。すると、設定したルートもシャットダウン直前までの走行データもちゃんと残っていた。さすがである
しばらくナビ通りに走って無事到着。境内からは京浜急行が見えました。
8)旗岡八幡神社
旗岡八幡神社前で記念撮影。源頼義・義家親子の前。1030年、源頼信が平忠常の乱を平定すべく下総(今の千葉県ですな)へ赴く際、ここで戦勝を祈願したのが発祥とされている。源氏の白い旗を掲げた丘なので、旗岡。その後の鎌倉時代、この隣に居を構えた領主の荏原氏が社殿などを建立し、神社となったという。
品川神社の次は大田区へ向かって、旗岡八幡神社。約5km。ナビのいうとおりゼームズ坂を上って大井町駅をぬけ、東急大井町線に沿って荏原町へ。例によってナビに従っていったら、境内裏手に出てしまったので、表に回ったという話も割愛である。だんだんと、クセがわかってきたので問題なし。
9) 小山八幡神社(大田区)
小山八幡神社前で無事記念撮影。伝承によると、1030年に源頼信が応神天皇(ほむたわけのみこと)を祀ったのがはじまり。つまり、旗岡八幡神社と同じ時である。場所的にも近い。何らかの理由でこのあたりにしばらく逗留したのだろう
次の小山八幡神社はそこから約1.7kmの距離なのでけっこう近い。神社が近くなると、ナビが幅が2mくらいしかない自動車が入れない路地へ行けという。面白いのでそちらへいってみる。自転車モードならではだ。そうしたら確かに、神社への近道でありました。
10)駒繋神社(世田谷区)
駒繋神社の表参道側で記念撮影。1056年、源頼義・義家親子が奥州に向かう途中にこのあたりを通過した。その際、祈願参拝して休憩したと伝えられている。そのとき既にこの神社はあり、「子の神」と呼ばれていた。1189年、源頼朝が奥州へ向かう際も、頼義・義家親子にならってこの神社に参拝。そのとき、頼朝の愛馬をつないだ松を「駒繋」(こまつなぎ)と呼び、それが神社名になったという。赤い橋は、かつてここに蛇崩川が流れていた(今は暗渠)名残。往古は川でみそぎをしてから参拝したのだ。意外な場所に意外な歴史ありというところ
最後は世田谷区の駒繋神社へ。小山八幡神社からの距離は4kmちょっと。東京の道はくねくねしててどこに連れて行かれるかわからないが、駒繋神社方面への道は、ナチュラルに道なりにつながってた。こういう道は交通量も少なく、自転車で走ると最高に気持ちいい。例によってナビに境内の裏手に連れて行かれるも、せっかくだから表参道からってことで、台地下におりて参拝。
ナビの通りに進んで最初にたどり着いた裏側の鳥居。
これにて終了。ここで電源を落として帰宅である。ミッション完了、全部で約50km。およそ5時間半。意外に1日で回れるものである。
移動平均速度15.7km。移動時間は2時間47分。総走行距離43.9lm。疲労度80% 終了後、地図を縮小表示させて全体を表示(水色が走行ルート)。ぐるっと時計回りにこれだけ走りました。意外に1日で回れるものです。最高速度はアテにならないので気にしないでください。こんなスピードは一度もでてません。
走行データをパソコンに吸い上げて地図を眺める
帰宅したら走行データを吸い上げて自転車散歩の記録を残すべし。おおまかな手順は以下の通り。
1)ナビとパソコンをつなぐ
nuvi 205は背面にミニUSB端子をもっており、パソコンにつなぐとそれをストレージとしてマウントできる。ただしいじってはいけないファイルも見えているので、無闇に触らないこと。
2)GPXファイルをコピーする
nuviの走行データはまとめて「current.gpx」というファイルに格納されている。これをパソコンにコピーしてやる。GPXというのはGPSデータの標準フォーマットだ。
3)GPX対応アプリを用意してデータを読み込ませる
GPX対応アプリにはたくさんあるが、今回使ったのは2本。1本は「Acsent」というMac用アプリで、走行データを細かく解析してくれる。9本のトラックとして読み込まれた(途中から毎回目的地をセットしてナビしなおしてたので)。
もう1本は「MyTrack」というアプリ。これはGPXファイルを読み込んで写真を撮影地にマッピングしてくれたり、GPXファイルからポイントを間引いてくれる機能がある。後者の機能はあとで使うのだ。ただ地図データがちょっと日本向きではない。
対応アプリを用意して、データを読み込ませる
4)走行ルートをKMLファイルで書き出す
走行ルートをGoogleマップにアップする。GoogleマップはGPSデータの量が多いと、途中でルートを分割したり別ページにしたりしてしまう。それを避けるために、まず各トラックのポイントの数を間引いて減らすのがよい。
次は各トラックを「KML」ファイルで書き出す
5) KMLファイルをグーグルマップにアップロードする
グーグルマップの「マイマップ」で「新しい地図を作成」を実行。続いて「インポート」をクリックすると、KMLファイルをアップロードして地図上に貼り付けることができる。
その結果がこれである。もちろん、各神社やコメントはあとから手入力した。
より大きな地図で 東京源氏系神社めぐり を表示
単純化してる(つまりポイントの数を減らしてる)ので、ディテールは省略されているけど、かなり細かくわかると思う。
PNDは自転車でも使えるか?
そろそろ結論。PNDは自転車でも使えるか。使えるっ。
ただし、注意点がいくつか。まず防水ではないので雨の日は不可。外部バッテリは必須。時々GPSがご乱心して道を1本間違えたりするので、そんなときは慌てず騒がず。特に繁華街や高層ビル街を抜けるときは覚悟を。
間違っても、走りながらあれこれ操作しないこと。あれ? と思ったら路肩に寄って止まってからチェックすべし。この辺は車で使うときの注意事項と同じだな。
ナビの声はけっこう聞こえるけど、さすがに繁華街になると環境音がうるさくて無理。まあ、声だけを頼りに走るのはお薦めしない。慣れてくればナビとの関係もわかってきて、うまく走れるようになります。
で、今回の結論。都心の走行は車や人に気を使うし信号も多いので走行距離以上に疲れたけど……「ああおもしろかった」。
著者紹介――荻窪圭
都内を自転車で走り回って作例を撮るのが日課のパソコン・デジカメライター。現在、GPSとしてGarmin社のEdge 705を愛用中。愛用の自転車は2台。1台は2002年型BianchiのPRESTO(クロスバイク)のコンポをSHIMANOの105に乗せ替えたものでメインマシン。もう1台は初代のBD-1で輪行用に使っている。現在ascii.jpで「這いつくばって猫に近づけ」を連載中。
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