屋内でも“GPSケータイナビ”を実現──神戸自律移動支援プロジェクトの今(前編)
兵庫県神戸市三宮周辺地区と神戸空港を中心とした2地点約2キロ四方では、2月26日まで「神戸地区自律移動支援プロジェクト」を実施中だ。そこではナビタイムジャパンやKDDIなどが、地下街でのGPSナビゲーションを可能にするための実験を行っている。新たに開発したIMESの威力を体験してきた。
カーナビゲーションから始まり、携帯電話/スマートフォン、PND、ポータブルゲーム機にノートPCまで。GPSによる位置測位システムの搭載は急速に広がり、「位置情報とデジタル地図」はさまざまなサービスやビジネスのインフラとして着実に普及している。
http://plusd.itmedia.co.jp/mobile/articles/0902/12/news027.html
国内の携帯電話ビジネスを振り返れば、auの「EZナビウォーク」が先駆けとなり、GPSの搭載と地図ナビゲーション市場が急速に拡大。今ではNTTドコモやソフトバンクモバイルにもGPS搭載端末が増えている。ユーザーの裾野も大きく広がり、この分野の草分けであるEZナビウォークの利用者数は2008年12月末時点で550万人を突破。ナビタイムジャパンやゼンリンデータコム、インクリメントP、ユビークリンクなど地図/ナビゲーション企業の成長も続いている。
しかし、順風満帆に見える携帯向けGPS地図ナビサービスの前には、越えるべき壁が存在する。それが「屋内での位置測位/ナビゲーションサービス」の実現だ。今後、位置情報と地図がさまざまなコンテンツ/サービス提供の素地になるほど、“屋内ナビ”の重要性が増す。
屋内での位置測位はどこまで進化するのか。また、それをケータイへ実装することは可能なのか。
2月5日、国土交通省が兵庫県神戸市にて、「神戸自律移動支援プロジェクト」実証実験のプレス向け体験会を実施した。これは屋外・屋内のシームレスな移動支援サービスを、携帯電話や専用のモバイル端末(ユビキタスコミュニケーター:UC)向けに提供するというもの。健常者だけでなく、ベビーカーや車いす利用者、視覚/聴覚障害者向けに“快適な移動支援を行う”ことを目的とし、携帯電話とUC合計110台を用いて、2月6日から2月26日まで実施している。民間企業グループとしては、ナビタイムジャパン、KDDI、KDDI研究所、横須賀テレコムリサーチパークがこの実証実験に参加している。
Mobile+Viewsでは、このプレス向け体験会に参加して体験できた、最新の“屋内ナビ”とそのサービスの現状を、2回に分けてリポートする。
GPSケータイで屋内ナビを実現する「IMES」とは?
地球上を周回する複数のGPS衛星からの信号をキャッチし、現在地を割り出す。これがGPS測位の基本だ。精度の高い位置測位(3次元測位)には少なくとも3つのGPS衛星を見通せる必要がある。携帯電話の位置測位では、ビル街や地形も考慮し、基地局情報も組み合わせることで、1~2個のGPS衛星からの信号しか受信できなくても実用的な精度で位置測位を行うが、いずれにせよ「GPS衛星が1つも見通せなければ測位はできない」ことに変わりはない。
では、見上げる空のない屋内で、どのようにしてGPS測位を行うのか。
神戸自律移動支援プロジェクトで、ナビタイムジャパン、KDDI、KDDI研究所の3社が採用したのが、「IMES(Indoor Messaging System)」と呼ばれる屋内GPS測位技術である。これは宇宙航空研究開発機構(JAXA)と測位衛星技術(GNSS)が共同開発したものだ。GPS衛星の識別に使われるPRNコード(擬似雑音記号)を拡張し、それを屋内の送信機に割り当てることで、地上で「GPS衛星を見立てて」GPS測位を行うというものだ。
IMESの送信機。外部から電源を取るのみで、時刻同期などは行っていない。機材そのものは小型でシンプルだ。将来的には「無線LANのアクセスポイント並みに気軽に設置できるようにしたい」(KDDI研究所)という。送信機をよく見ると、内部のGPS信号の発信部が透けて見える。これはGPS衛星に搭載されているものと同じで、本来ならば地上で目にすることはない
今回の神戸自律移動支援プロジェクトでは、KDDI研究所とGNSSが協同でIMESインフラを構築。三宮中央通り連絡通路を中心とする実験エリアに、合計68基のIMES送信機を設置した。
さらにKDDIとナビタイムジャパンがau携帯電話のソフトウェアとEZナビウォークを改修することで、「既存のau携帯電話のハードウェア構成を変えることなく、ソフトウェア改修だけでIMES対応を実現した」(KDDI コンテンツ・メディア本部 コンテンツサービス企画部課長の幡容子氏)のが大きなポイントである。
IMESインフラ構築でノウハウの蓄積
KDDI研究所 開発センター 主幹エンジニアの大原晃氏。「今回の実証実験を通じてIMESの技術的なノウハウを収集し、将来に向けて運用性を高めていきたい」と話した しかし、IMESを用いた“既存のGPSケータイによる屋内測位”は、試行錯誤と苦心の連続であったと、KDDI研究所 開発センター 主幹エンジニアの大原晃氏は述懐する。
「地下街の通路では、壁や床の材質によっては(発信する)IMESの電波を乱反射してしまいます。一方で、歩行者は電波吸収体ですので、設置場所の周辺環境と通行量を鑑みながら、IMES送信機を一基ずつ手作業でチューニングしていきました。電波の照射特性や出力の部分ではかなりの試行錯誤をしました」(大原氏)
なかでも特徴的なのが、電波の飛ばし方だ。IMES送信機からの電波は単純に照射・拡散させるのではなく、「送信機の下に電波が(紡錘形の)繭をつくるように、らせん状の特性をつけて照射している」(大原氏)という。出力もギリギリまで抑えて、床や壁で乱反射せず、なおかつ携帯電話で検知できるギリギリのレベルまで調整している。
「さらに(今回のIMES導入で)難易度が高かったのが、IMESの送信機同士が時刻同期していない点です。将来的な運用性や設置コストを考えれば、これは当然なのですが、GPS測位では『正確な時刻同期』が必要になります。これを端末側だけで調整するのが大変でした」(大原氏)
KDDI研究所とGNSSでは今回の実証実験を通じて、多くの人が利用する屋内の実空間でIMESシステムの設置・運用のノウハウを蓄積。このフィールドテストで得たデータをもとに、将来の製品やサービス開発、IMESインフラの普及に向けた取り組みを続ける方針だ。
「現在は1基ずつ手動で(IMES送信機の)チューニングを行っていますが、将来的にはIMESのシステムが設置場所の状況に応じて、自動的にエリアの最適化を行うのが望ましい。無線LANのアクセスポイントのような感覚で、屋内に設置していけるような形が理想的でしょう。そうした最適化に必要なデータも集めていきます」(大原氏)
ナビ精度は実用レベル──さらなる精度向上にも期待
技術的な背景を踏まえた上で、実証実験のサービスを見てみよう。
IMESを用いた屋内ナビでは、auの「EZナビウォーク」をベースに開発された専用アプリが用いられており、端末は「W62SH」を使う。市販品との主な違いは、GPS制御ソフトウェアを変更したことと、実験用の機能を追加しEZナビウォークを搭載すること。地下部分の地図は国土交通省が用意し、ナビタイムジャパンが車いすやベビーカー利用者向けにサーバ側のナビゲーションエンジンを改良している。しかし、これらの変更・修正はハードウェアに依存せず、既存のアプリやサービスを元にしているため、IMES対応やナビゲーション機能の拡張を「既存のauの端末やサービスに展開することは容易になっている」(大原氏)という。
プレス向けの体験サービスは、まずはポートライナー三宮駅前を出発ポイントにし、地下にある「さんちか10番街」の中に目的地を設定する形で行われた。地上から地下に向かってナビゲーションするというルートである。
まず最初に体験した地上部分のGPSナビゲーションは、最新版のEZナビウォークそのものだ。機能メニューやUIは実験用に一部変更されているが、地上部分のサービス内容はまったく同じ。交差点の横断歩道情報などもあり、非常に分かりやすい。
今回の実証実験ではEZナビウォークをベースに開発した専用アプリが用意された。IMESに対応しているほか、地下街の地図を使ったルート案内と、移動属性の選択ができるようになっている
しばらくナビの指示どおりに歩くと、エレベーターが見えてきた。今回、筆者は「車いすルート」で目的地を検索したため、地下に降りるために階段ではなく、エレベーターの位置が示されたのだ。健常者であれば、効率重視で階段から下りるルートが案内されるという。
エレベーターで地下に下りると、GPS衛星からの信号が受信できなくなり、画面上の「GPS」アイコンに×印がつく。しばらくすると「IMES」のアイコンが点灯。IMES局による位置測位が行われて、地図が地下街のものに切り替わる。この間の処理時間は30秒から1分程度である。
屋外の利用は普通の「EZナビウォーク」と同じ(写真=左)。利用者の属性で車いすやベビーカーを選択すると、移動経路で「エレベーター」を案内する(写真=中央)。IMESを利用した屋内でのナビゲーション風景。画面をよく見ると、左上の「GPS」ロゴの部分が「IMES」になっている(写真=右)
IMESによる位置測位とナビゲーションは、複数のGPS衛星からの信号が使える地上ほどスムーズではない。しかし、今回の実証実験では68基のIMES送信機が投入されたこともあり、ユーザーの「移動」がきっちりと検知できるレベルになっている。EZナビウォークでは進行方向を矢印で表示する機能もあるので、目的地まで歩行者を誘導する「ナビゲーション」はきちんと実現していた。
地下で「現在地の確認」をすると、IMESで位置を測位した上で周辺の地図を表示する。同じ座標でもGPSとIMESのどちらを検知するかで、「屋外」か「屋内」かを判別している
大原氏によると、プレス体験会時点のシステムはまだ調整段階であり、今後さらに精度は向上するという。
「今回の実証実験では歩行者の速度を秒速80センチメートル程度と、少しゆっくりとした移動で想定し、ソフトウェアの調整をしています。これから始まる実験を通じて、IMESの電波とソフトウェア側の調整を進めていけば、現在よりもさらにスムーズなナビゲーションが実現できるでしょう」(大原氏)
筆者が唯一不満だったのが「地上/地下への切り替え」の遅さだが、ひとたび切り替わってしまえば屋内でも「移動支援サービス」として実用レベルまで達している。今後さらに測位精度やナビゲーションの追随性が向上すれば、商用サービスとしても通用するレベルまで進歩しそうだ。
屋内ナビ実現で“モバイルビジネス”は拡大する
基本的に屋外を走るクルマと違い、歩行者は屋内を移動することも多い。特に都市部では駅構内や地下街、商業施設が発達しているため、本当の意味で“ドア・トゥー・ドア”を実現するには、屋外/屋内でシームレスに利用できるナビゲーションサービスが不可欠だ。
さらにモバイルビジネス全体にまで目を広げると、“屋根がある場所でもナビができる”ことは、電子クーポンやケータイを使った送客ビジネス、リアルタイム情報の提供サービス、マーケティング分野などにおいて大きな可能性を秘めている。
むろん、そうした未来が到来するには、IMESのさらなる技術革新と運用性の向上、IMESインフラの構築を誰が行うのかといった課題を乗り越えなければならない。だが、それを踏まえても、今回の実証実験のような、将来に向けた技術的な布石は重要である。
神戸自律移動支援プロジェクトは2月26日まで実験を行っており、モニターもまだ募集中だ。新たなナビゲーションサービスやモバイルビジネスに興味があるならば、参加しておいて損はないだろう。
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